酸洗は、鉄鋼表面の錆やスケールを除去するために行いますが、鉄鋼の過剰溶解を防ぐ目的で、酸洗抑制剤としてインヒビターが使われてきました。実はこれらは、鉄の溶解を防止すると同時に、水素脆化防止の働きもしているのです。
インヒビターを添加しない塩酸酸洗では、次のような化学反応が起きています。
|
すなわち、塩酸は、鉄鋼表面のミルスケールや赤さびなど、鉄の酸化物に対しては、それらを溶解して塩化物を造りますが、水素は発生しません(鉄さびの溶解反応)。やがて、酸化皮膜が溶解されて鉄鋼素地が露出すると鉄の溶解が始まり、(鉄鋼の溶解反応)が起こり、水素が発生します。このとき、発生した原子状の水素を吸蔵した鉄鋼は水素脆性を起こします。
インヒビターは、このとき、鉄の溶解を抑制して水素の発生を防ぐ働きをします。【図1】に示すように、インヒビターは、鉄さびの除去された後の鉄の表面に選択的に吸着して、酸液との接触を断ち、鉄の溶解を抑制して水素の発生を防ぎます。
このように酸洗におけるインヒビターの使用は、水素の発生を抑制して水素脆性の発生防止に有効でありますが、市販品の殆どは、その化学組成が明らかでありませんので、使用の前に試験してみることが必要であります。なかには、ある種の鋼種に対して、殆ど効果のないものや、水素脆性をかえって高めるもあるからです。
比較的効果の高い有機化合物として、硫酸、塩酸、りん酸などの酸洗浴では、ジエチルチオ尿素、ジブチル尿素などが有名です。
市販インヒビターの化学組成は公表されていませんが、文献によりますと、次のような物質が水素発生抑制の効果があるといわれています。
(1) | 窒素を含む有機化合物・アミン類 |
(2) | 酸素を含む有機化合物・カルボン酸など |
(3) | 硫黄を含む有機化合物・チオ尿素など |
(4) | アセチレン化合物・プロパギルアルコールなど |
しかし市販のインヒビターを使用する場合には問題もあります。それは化学成分が不明のため、濃度管理を適切に行うことがむずかしいことです。低濃度では、脆性防止の効果が期待できませんし、高濃度では酸洗の次の工程に持ち込まれ、悪影響を与えるからです。