他の製造業と比べて化学・医薬・食品の製造プロセスは、流体や粉体の原材料・製品が多いことと、それらの中に消防法でいうところの危険物が含まれるのが特徴である。そのため静電気を上手に処理しないと、異物混入などの品質問題や爆発・火災などの安全に関するトラブルが発生する。ここでは化学・医薬・食品の製造プロセスで発生する代表的な静電気障害と対策について、技術士の鈴木孝氏(一代技術士事務所)が解説する。
静電気で爆発・火災が起きるメカニズム
ここでなぜ、静電気で爆発・火災が発生するのか考えてみたいと思います。物が燃える時に必要な3つの要素「燃焼の三要素」というものがあります。燃焼が起きるためには着火源、可燃物、支燃物の3つが必要になりますが、着火源は静電気放電、可燃物は溶剤などの可燃性蒸気や粉じん、支燃物は空気または酸素を指します。この3つをコントロールすることで、静電気を原因とした爆発・火災事故の発生確率を減らすことができます。つまり、3つの内から1つを除去することができれば、爆発・火災は起こらないともいえます。
図1. 燃焼の三要素と化学反応でのエネルギー推移
まず、静電気と可燃性蒸気の関係ですが、静電気火花放電のエネルギー(ドアノブに触る時に感じる電撃)は約5~10 mJです。一方、トルエン、アセトンなど汎用溶剤の最小着火エネルギーは約0.2 mJとなります。最小着火エネルギーより大きなエネルギーが外部からかかると、可燃性蒸気は燃えてしまいます。静電気に限らず、摩擦熱など0.2 mJ以上のエネルギーがかかった場合も同じです。要するに静電気で爆発・火災が起きるメカニズムは、汎用溶剤の最小着火エネルギーが、静電気の火花放電のエネルギーよりも小さく危険なものだからということになります。
次に、可燃物と支燃物の関係ですが、可燃物にはそれが燃える爆発範囲というものがあります。トルエン、アセトンなどの汎用溶剤の爆発範囲は、対空気において約1~7 %です。溶剤蒸気が空気中でこの範囲にある際、静電気の火花放電が起こると爆発・火災が発生するということです。そこで、静電気対策を考えるならば、環境中の溶剤蒸気濃度を1 %以下に希釈するか、7 %以上に上げることが考えられます。1 %以下にするためには局所排気装置などで気中濃度を薄め、7 %以上にするためには外気と触れさせないよう、反応釜の中で密閉化するなどの対策があります。当然7 %以上の環境で人は作業できません。
図2. 爆発範囲の例
表1. 溶剤の着火性の例
また水は静電気を帯びないと考えられていますが、実はそうでもありません。塩が溶け込んでいると帯電しやすくなります。実際、水を原因とした静電気事故も発生しています。水は帯電しやすい物質ですが、帯電しても緩和する速度が速いので、帯電しないものと考えられがちです。水の静電気事故は化学・医薬・食品業界の廃液タンクなどで発生します。例えば、水廃液を廃液タンクに移送しているようなケースで、その廃液タンクには溶剤が浮いており、廃液のタンクの中で可燃性蒸気が空気と爆発性混合気を形成していたとしたらどうなるでしょうか。水廃液が勢いよく噴出し、ノズルとの間で発生した静電気によって爆発・火災が起こり得ます。
爆発・火災の防止方法
作業員にアース
前項のメカニズムが発生しないように、現場では火花放電を絶対に起こさない対策が必要です。具体的には導体はすべてアースをし、体の60~70 %が水分で構成される人も導体になりますので、作業員もアースが必要で導電性のある靴と導電性のある床がその役割を受け持ちます。静電気帯電防止の安全靴のソールは電気が逃げるような素材でできていますので、確実に静電気帯電防止の作業靴(JIS T8103)を履いて作業することを順守してください。寒いからといって、勝手に不導体性で靴の中が暖かくなる中敷きを使うことはNGです。
図2. 人体除電のイメージ
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限界酸素濃度で支燃物のコントロール
さらに、支燃物のコントロールも可能です。限界酸素濃度というものがあり、それよりも酸素濃度が低い場合、燃焼は起きません。よって系内酸素の濃度を窒素やアルゴンなどの不活性ガスで限界酸素濃度未満に希釈するという対策もあります。このような対策には酸素濃度計を使ったモニターが必要です。作業前にタンク内を窒素ガスやアルゴンガスでパージして、酸素濃度計で例えば5 %以下など、お取り扱いの可燃物に対する限界酸素濃度以下になっていることを確認してから作業を始める必要があります。
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廃液タンクの対策
前述の廃液タンクには、意図せず溶剤が混入することもあるかと思いますので、廃液タンクの中を常時監視しながら、廃液を移送するという行為も適当ではないと思います。ここでは、ドロップ配管と呼ばれる廃液をリリースする口をタンクの下までもってくるような対策を行います。
図3. 廃液タンクの事故例
液体流の対策
液体流の静電気対策は主に配管の接地と流速の制限による電荷発生の抑制です。
まず、配管は導電性の配管やホースを使用して接地する、フランジなどの配管接続部をボンディングするという対策が必要です。
次に、充填に際しては初期最大流速を1m/s以下にします。二層液体(水と溶剤、粉体が混合した液体)を使用する場合や、絶縁性の配管、ホースを使用しなければならないケースは、最大流速を1m/s以下とする対策が必要です。ガソリンスタンドの給油と同じで、基本はゆっくり行うということです。なかなか流速が管理できないような現場もあると思いますが、そのような場合は、すでに最大流速がスペックで決まっているエアードポンプなどの使用はとても有効です。エアードポンプは電気を使わず、圧縮空気を駆動力とするため、防爆エリアでもより安全にお使いいただくことができます。ただ、エアードポンプの出口をブッシングなどでインチダウンすると流速が増しますので、これは絶対にNGです。実際に出口をインチダウンしたことで発生した事故例もあります。
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分析室での対策
化学・医薬・食品業界では社内に分析室を併設されている工場も多いと思います。分析室では極少量の粉体の試薬、サンプルの秤量(ひょうりょう)作業などがあると思います。例えば0.1mgスケールの秤量など。そのような時に粉体の試薬、サンプルが不導体であった場合、ミクロスパチュラーで慎重に採取して、慎重にセミミクロ天秤に乗せようとした時に静電気で粉体が飛び散ったり、秤量中に重量が変わるということが起きるでしょう。このような場合は小型のイオナイザーを近傍に置くと作業効率が好転します。イオナイザーの選定に際しては、秤量作業に影響を及ぼさない無風タイプのイオナイザーがよいでしょう。
現場が爆発性雰囲気(防爆エリア)にあたる可能性がありますので、イオナイザーの使用も限定的になるでしょう。このような業界では導体を確実にアースし、確実な人体除電がまず優先されます。
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執筆:技術士 鈴木孝(一代技術士事務所)