生活において身近な存在である静電気が、製造業の現場にて問題を引き起こすこともある。ここでは静電気が製造業の現場に与える影響、メカニズム、対策の基本であるアースについて、技術士の鈴木孝氏(一代技術士事務所)が解説する。
今なぜ静電気か
私たちはこれまで、学校教育で静電気について学ぶ機会があったでしょうか。
新卒で化学会社の現場に配属された方は先輩から「静電気は危ないから気をつけるように」といわれるでしょう。今まで生活の中で大した思慮もなく共生していた存在が、突然大事故につながる深刻な存在に変わる瞬間です。これまで静電気について教育を受けてこなかった人が、果たしてその時、正しい静電気対策を行えるのでしょうか。一方、会社には静電気に関する正しい教育訓練プログラムがあるのでしょうか。
国内の産業技術は日進月歩であり、自動化が進む製造現場の環境はますます清浄度を求められています。塵埃(じんあい)や異物の排除は重要管理項目の一つで、その中で製造環境の清浄度と静電気は密接な関係を持っています。場当たり的な対策では製品特性を劣化させてしまう、歩留まりを悪下させてしまうなどの可能性があります。さらに業界によっても静電気の発生で生じる問題は下記のように異なります。
表1.業界別静電気で生じる問題例
化学・医薬・食品業界 | ・タンク充填(じゅうてん)中の爆発 ・タンク洗浄中の爆発 |
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紙器・印刷業界 | ・インキが帯電して飛散することによる印刷不良 ・紙が帯電することによる紙同士の密着 |
半導体/電子業界 | ・静電気によって回路が破壊される ・帯電で塵埃や異物の付着することによって生じる歩留まりが悪下する |
以上のように、各業界に特化した対策と静電気に対する知識習得が必要なのではないでしょうか。
静電気の正体は電子の移動
日本では秋から冬にかけ、乾燥すると静電気が起こりやすくなります。代表的な例では、冬場セーターを脱いだときに「バチッ」と感じる静電気がありますが、化学工場などでは度々事故の原因とされたり、産業界では歩留まり悪化の一因となるなど、さまざまな問題を起こします。このように、静電気は私たちの身近な存在ではありますが、これの正体は電子の移動により発生するものです。電子の移動といっても、何のことやらと思われる方も多いかもしれません。それでは静電気発生のメカニズムをご紹介しましょう。
何か異なる物質同士が張り付いている状況があるとします。例えばアルミニウムという物質と塩化ビニル(塩ビ)という物質が付着している状況です。互いが張り付いている状況では電気的には中性です。電気的に中性とは、プラスでもマイナスでもない状態を指し、それに触ったとしても、バチッと静電気の電撃を感じるようなことはないということです。しかし、この2種類の物質の界面(接触面)では、実は電子のやりとりがあるのです。アルミニウムの方の電子の一部が塩ビの方に移動しています。このことを電界二重層といいます。電子はマイナスの電荷を帯びています。
次に、このアルミニウムと塩ビを機械的作用で(強制的に)引き離すとどうなるか、アルミニウムの方は「電子が足りないよ」という状態になり、電子が少ないためプラスに帯電します。一方、塩ビの方は「電子が多くあるよ」という状態になるためマイナスに帯電します。
この電荷のアンバランスの状態が、静電気が発生した状態です。
この静電気は、二つの物質を摩擦やはく離、衝突、飛沫化、流動、噴出させたりすると必ず起こります。「静電気は何をしても起こるもの」と考えた方がよいかもしれません。しかし、通常電荷を帯びている状態は長く続かず、抵抗を通じて緩和されます。
図1.静電気発生のメカニズム
静電気が起きやすい、起きにくいがわかる帯電列
2種類の物質間で摩擦などの運動が起こると静電気が発生するのですが、静電気が起きやすい、起きにくいと経験的に感じたことはありませんか。例えばセーターを脱いだ時と、下着を脱いだ時、どちらが静電気を強く感じるでしょうか。それはセーターを脱いだ時ですよね。2つの物質同士を擦(こす)って「静電気が発生しやすい、発生しにくい」を経験的に並べた帯電列(下記図2参照)というものがあります。擦ったときにどちらがプラスとマイナスの電荷を帯びるかといった結果を実験的に求めたものともいうことができます。
例えば先ほどの例でみると、アルミニウムと塩ビを擦って引き離すとアルミニウムはプラスに帯電し、塩ビはマイナスに帯電しますので、帯電列ではアルミニウムはプラスの方、塩ビはマイナスの方に配列されます。では、物質を変えてガラスとアルミニウムを擦って引き離すとどうなるでしょうか。アルミニウムはマイナス、ガラスはプラスに帯電します。塩ビと擦るとプラスに帯電するアルミニウムが、対象がガラスに変わるとマイナスに帯電するのは面白いですね。2つの異種物体が分離してどちらがプラスに、どちらがマイナスに帯電するかは、物体の材料の組み合わせで決まるともいえますね。
帯電列はもう一つ重要なことを意味しています。この帯電列で距離の遠いもの同士を擦ると静電気は大きくなります。一方、帯電列で距離の短いもの同士を擦ると静電気はあまり起きません。例えば化学繊維のシャツの上にセーターを着て、それを脱いだとき大きな静電気を感じると思いますが、下着を脱ぐときに静電気をあまり感じないのは帯電列からも説明ができます。
この帯電列から帯電防止対策を考えるとしましょう。例えば、塩ビの袋に入っている粉体を取り出す際、頻繁に静電気が起きて困っているとします。これを塩ビの袋からクラフト袋に変更すると静電気の発生は抑えられるでしょう。
図2.帯電列
導体の静電気対策の基本はアース
電子の移動についてもう少し補足いたします。原子モデルなどをみると、中心にプラスの電荷を持った原子核のまわりをマイナスの電荷を持つ電子が回っているということを習ったと思います。また、最外殻の電子は中心に引きつけられる力が弱く安定性に欠けるため、化学反応に使われるなど、外部に行き来できるとも。2種類の物質の界面で自由に行き来できるのはマイナスの電荷をもった電子だけです。この世の中で動き回れるのは電子だけということも、静電気を理解する上でとても重要なことです。
静電気対策をする上で導体と不導体の見極めはとても重要です。代表的な導体に金属があります。一方、不導体の代表格はプラスチックです。導体はその中で電子が動き回ることができるもの、不導体は電子が動けないものとイメージしてください。
なお、静電気対策の基本にアースがあることはよくご存じかと思います。アースとは接地によって物体に発生した静電気を大地に漏洩(緩和)させるための回路を作り、静電気の蓄積を防止するためのものです。大地と等電位化するのにアース線の中で動くのも電子です。ここで、アースが効くのは導体だけです。例えばプラスチックのような不導体にアースをしても静電気対策として不十分なのは経験的にお分かりかと思います。最後に私たちがドアノブを触ったときに感じる放電の電撃も電子の移動が正体です。
図3.導体と不導体の違い
執筆:技術士 鈴木孝(一代技術士事務所)