米、トウモロコシに並び世界三大穀物といわれる小麦。食用粉体としての小麦粉は、製菓・製パンの主要原料である。ここでは、製菓・製パン製造にかかわる、小麦粉が引き起こす問題とその対応策例について、技術士の小沼祐毅氏(小沼技術士事務所)が解説する。
小麦粉製粉時に発生する問題とその対策例
2次加工会社に納入される前の状態を理解しておくことが大事になります。特に製パンにおいては、良いパンを作るための「口伝」として①コナ②タネ(酵母)③ウデが挙げられます。状態のチェックポイントは、製粉後の経時変化と昆虫の発生です。
不十分なグルテン膠質(こうしつ)化
製粉直後の小麦粉は活性体であり、細胞組織が呼吸しているため、イーストの作用が妨げられます。また、酵素活性が強すぎてパン生地の生成にとって不適当で、グルテンの膠質(こうしつ)化が不十分です。
この対応としてエージング(Aging)が必要です。それによって細胞原形質は、貯蔵期間中に酸化作用を受けて活性を失い、イーストの発酵作用を受けやすくなり、プロテアーゼ活性も次第に穏やかとなるため、生地の生成に悪影響を与えなくなります。また、グルテンの膠質化が良くなり吸水性が増すため、パン生地の伸展性が良好になります。適正に熟成された小麦粉は、その後数ケ月は加工適正を保持します。
このため、出荷前の熟成期間を指定するユーザーもあります。
生物・微生物の繁殖
製粉工程中や製粉期間中に穀虫類やカビ、細菌が繁殖することがあります。
これらを防ぐためには、メイガ、カツオブシムシ、コクヌストモドキが卵から成虫になる前に清掃間隔期間を決めて貯蔵サイロの清掃・燻蒸を実施します。
粉体特性のブレ
小麦粉に求められる品質のポイントとしては、水分量やタンパク質量、損傷デンプン量、粒度分布に規格がありますが、農産物という特質のため、産地、品種、製粉時期により、どうしても成分や粒度分布にブレが発生します。
これに対応して安定した品質を実現するには、各製粉会社の蓄積した製粉技術で、数品種の小麦のブレンド、篩(ふるい)分けされた粉のブレンドにより、規格成分や粒度分布を調整します。また、製粉機メンテナンスによる損傷デンプン量のコントロールや、製粉自社での成分分析・粒度分布測定チェック、加工適性試験などを出荷前に実施します。
新旧端境期には、把握した加水量などの加工条件を出荷先に通知することもあります。
小麦粉加工時に発生する問題とその対策例
原料に小麦粉(穀粉)を使うパン・菓子は、成分中のデンプンを加熱します。水量と加熱温度がデンプンのα化の程度を左右し、製品の品質に影響するため加熱条件が重要です。調理の方法は焼く(焼成、焙焼)、煮る(ゆでる)、蒸す、揚げる(油調)、その他(電磁処理、超高圧処理)があり、いずれも加工の温度と時間がポイントになります。また、安全な食品の提供は必須であるため、異物混入や健康被害対策も重要なポイントとなります。
品質問題
製造工程には計量、温度、時間の3要素がありますが、条件から逸脱することで規格外れや不良などによる廃棄が発生します。
それを防ぐためには、次のような対策が有効です。
- 製造マニュアルの整備・作成。書類例としては製品説明書、製造工程一覧図、製造現場の見取り図、危害分析(HA)シート、重要管理点(CCP)シートなどです。HACCP導入の義務化を契機にするのも良いでしょう。
- 自動計量機といったITを導入し、計量ミス防止と省人化を図る。計量する原料としては給水機からの水(温度調整が必要)と、シフター通過粉や液体油脂・糖液、食塩、粉乳、改良剤などの副原料です。
- 加工機械にもITを導入し、製品ごとに加工する速度・時間・温度を自動設定。例えば、混合時にミキサーモーターの負荷の変化からの最適撹拌(かくはん)時間判定や、混合物の品温自動調整用冷却機器があります。
- 手作業から機械装置への切り替え導入で、省力・省人化と共に製品の均一化を図る。自動包餡(あん)機、メロンパン・クロワッサン・バターロール成形機などです。
- 機械装置オペレーターにOFF-JT教育訓練を行い、正確で円滑な作業ができる要員を育成。訓練機関にはパン学校やAIB(日本パン技術研究所)、企業内職業訓練校などがあります。
品質対策そのものではありませんが、安全で安心な商品情報の提供も重要です。要表示アレルゲン(乳や卵や小麦など7品目)配合の製造ラインと同じ作業台で不使用の配合で製造する場合は、コンタミネーション(混入)の恐れがあるために、その旨(むね)を製品包装に表示が必須です。
また小麦は輸入品が多いため、原産地や残留農薬、遺伝子組み換え有無のチェックとトレサビリティを記録、保管することも品質保証の観点で重要です。
加工機器の保全・管理問題
加工工程は開放系であるため粉の飛散が避けられません。機器の設置場所の狭さやCIP(定置)洗浄ができないため、分解・洗浄に時間がかかります。また、加工物は粘弾性があるため、加工機械に付着しやすくなります。そのため、単に清掃作業が困難であるにとどまらず、作業場や加工機器の汚れと滞留粉が発生します。
清掃困難・付着カスは、経時的に細菌の増殖に繋がり製品の衛生規格外や異物クレームになる可能性があり、パン菓子製造時の異物混入は虫、古生地、毛髪が代表的です。
このような加工機器問題の対策として以下の6項目を例示します。
- 清掃困難解決のため、ユニバーサルデザインの考えを作業場や製造機械に反映。生産性向上や怪我(けが)の防止にも繋(つな)がります。
- 粉などの粉塵(ふんじん)対策として集塵機を設置。
- 機器に付着し、カスの経時と共に増殖する細菌対策として、一定時間ごとに稼働を停止し清掃する製造マニュアルを整備。
- 昆虫対策として建物の無窓化・出入口のエアーシャッターを設置し、飛来虫侵入を防止し、清掃マニュアルの実施および、外注業者の防虫剤設置などで内部発生虫を抑制。
- 付着毛髪除去のために作業場入り口にエアーシャワー室を設置。
- X線異物検出機を通して異物混入品を除去。
小麦粉及び加工製品の評価方法
小麦粉の品質や加工適性評価の方法は、農研機構による「小麦の品質評価法」や(一財)日本穀物検定協会で情報が得られます。
小麦粉の加工適性はブラベンダー試験(アミログラフ、ファリノグラフ)で判定しますが、有料で粉の成分、品質、加工適性が入手可能で、製粉メーカーは成分分析及びブラベンダー試験により加工適性検査を行っています。
一方で、加工製品の品質評価は製粉会社や加工会社、原料会社が必要に応じて行い、以下に評価項目の例を示します。
- 物性評価はレオメーター等により数値化し、製品の柔らかさや経時変化を判定。
- 焼成時及び製品検査に色差計で測定し、焼き色を判定。
- 製品の水分を近赤外水分計で測定し、焼成の状態をチェック。
- 製品の水分活性(Aw)を測定し、賞味期間設定に利用。
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執筆:技術士 小沼祐毅(小沼技術士事務所)