水素原子は、すべての原子のなかで最も小さい原子で、その大きさは(1.06オングストローム=1.06×10-10m)であると云われています。一方、金属の格子間隔は2〜3オングストロームでありますから、水素原子は、容易に金属に侵入することができます。
例えば、鉄鋼の酸洗の工程では、通常、硫酸や塩酸など強酸の水溶液が用いられますが、これらの酸は鉄鋼の表面を溶解します。そのとき、鉄の溶解と水素イオンの発生は同時に起きますが、水素イオンは、鉄鋼表面で放電して水素原子となります。水素原子の大部分は、水素ガスとなって大気中へ放散されますが、一部の水素原子は鋼中へ侵入します。
めっきの場合でも、陰極電流効率が低い場合には、水の電気分解が起こり、水素を発生し、その一部は鋼中へ侵入します。また時には、めっき皮膜中にも水素が侵入し、皮膜硬度を上昇させますが、条件によっては、この水素も鋼中へ侵入すると云われています。
鋼中に吸蔵された水素原子は、格子間隙や転移、粒界、介在物などのさまざまな位置に介在します。割れに関与する水素は、格子間隙に存在する水素は極く微量のため無視できます。割れに関与する水素は、欠陥のある水素であるといわれています。
高強度鋼の水素脆化割れは、粒界で生じ、粒界に水素が集まり、粒界における金属原子間の結びつきを弱くするといわれています。
低強度鋼では、負荷された応力により転位が介在物などのところに集まるとともに、水素もまたその箇所に引き寄せられ破壊に至ると考えられています。
水素脆性による破壊がどのような状況で起きるか、次に整理してみましょう。
(1) | 引っ張り応力の箇所で破壊される。圧縮応力の箇所では起こらない。 |
(2) | 破壊は、切り欠け(ノッチ)のある箇所に応力が集中している場合に起こりやすい。 |
(3) | 破壊を起す鋼中の水素は、鋼中を移動することができる拡散性の水素原子で、且つ、欠陥部に集積する水素である。鋼中の全体の水素吸蔵量と、水素脆性破壊の危険度は必ずしも一致しない。 |
(4) | 鉄鋼材料の水素脆性感受性は、主として材料強度に依存し、合金元素にはあまり左右されない。鋼材の硬度が高く(HRC40以上)引っ張り強さの大きい、いわゆる高張力鋼、高強度鋼とよばれる鋼での破壊事故が多い。 |
(5) | 割れの形態は、粒界または粒内割れである。吸蔵された水素が結晶粒界に集まり、粒界における金属原子間の結合力を弱くするためである。 |
(6) | 水素脆性による遅れ破壊は、衝撃のような歪速度の速い場合には現れにくい。飛行機のランディングギアーは、着陸時の衝撃で折れることはなく、静止時や走行中に破壊が起こることが多い。 |
(7) | 鉄鋼材料の組織が熱力学的に安定しているほど水素脆性に対して鈍感である。 |
(8) | 水素脆性の破壊現象は、温度の影響を受ける。−10〜120℃での破壊が多い。 |
(9) | 破壊が起きるには、水素が拡散し集積するまでの時間を要する。 |