近年巷で数多く開催されるロボットコンテストにて、たくさんの実績で注目を集める高校生たちがいる。神戸市立科学技術高等学校機械工作部ROBOのメンバーだ。
一般財団法人高度技術社会推進協会が実施する、中高生のロボット開発の応援を目的とした「TEPIAチャレンジ助成事業」では、2016年から2年連続で企画が採択。荷物の運搬を目的とし人の後を追い階段走行までもが可能な「HAKOroid」や、ロープを掴んでの昇り降りができる「のぼるん」を開発した。また弊社が協賛する、二足歩行ロボット格闘技大会ROBO-ONEでは多くの大学生・社会人と共に毎年多くの賞を受賞。ROBO-ONEに参加する多くの現役エンジニアからも一目置かれた存在だ。
数多くの大会で結果を残す一方、今では多くの企業が彼らに注目している。実際に部活動の様子を見学に来る企業の技術者は彼らの開発したロボットをみて驚くという。技術力を認めた企業からコラボレーションのオファーが舞い込むほどだ。
彼らの活動は、基本的に授業の後に行われる部活動がメインだ。授業のない休日も学校に集まりロボット開発に取り組んでいる。卒業までの3年間でひとりあたり15体ものロボットを完成させるというから驚きだ。もちろん彼らは入部するまでロボット開発をしたことはない。高校に入学し機械工作部を知り、ロボットに魅せられて入部した彼らは、たった3年で社会人をも凌駕するレベルに成長する。3年目の社会人技術者といえばまだまだ若手の存在だ。なぜ彼らは3年間でここまでの実力をつけることができるのか。「知識の習得」と「実践」の側面から彼らの成長の秘密に迫った。
この記事の目次
歴代部員達の学びを新入部員へ…整備された知識習得の仕組み
先輩が後輩を教える個別指導制。その関係は卒業しても続く
歴代の部員達の試行錯誤が詰まった「オリジナルテキスト」
日々の実践で技術力を向上させる2つのポイント
ポイント1:個人で、チーム内で、チーム同士で…徹底的に考える
ポイント2:他者の気持ちを読み取る感性を磨く
3年間の成長の裏には神永教諭による緻密な「舞台づくり」があった
大切なことは「当たり前のことを実直に取り組み続けること」
歴代部員達の学びを新入部員へ…整備された知識習得のしくみ
部の顧問を務める神永克哉氏は「私が生徒に手取り足取り教えるということはありません」と大胆な一言を放つ。授業のように直接先生が生徒に教える、ということはないという。実は同部では代々、新入部員ひとりに対しひとりの先輩がつく個別指導制をとっている。そして各新入部員に配られる教材は部にて編集されたオリジナルだ。知識習得に向けた取り組みについて紹介しよう。
先輩が後輩を教える個別指導制。その関係は卒業しても続く
毎年4月になると、それぞれの新入部員に1人ずつ先輩部員が割り当てられる。この時から3か月をめどにロボット開発に必要なありとあらゆる知識が教え込まれる。3DCADの扱い方にはじまり、切削・加工・組立・プログラミングなど、ひとりでロボット開発をするためのノウハウまでを身につけてしまうという。
神戸市立科学技術高校には機械工学科、電気情報工学科など4つの学科があり、生徒はそのどれかに所属している。先輩部員が後輩に教えるには、自身の専門分野以外も含めたロボット製作に関する幅広い知識が要求される。教えることを通じて先輩部員も学ばざるを得ない環境といえる。
この3か月が経過すると、先輩たち同様に一人前とみなされ、例年7月頃に開催される大会に出場することになる。いわばデビュー戦だ。だからといって個別指導がここで終了するわけではない。年間5回ほどあるさまざまな大会への出場を繰り返すなかで、引き続きこの先輩に教えを乞う。この関係は上級生になっても変わらない。たとえ3年生であっても、度々学校に訪れる大学生や社会人となったOBからアドバイスをもらいながら学び続けるという。
個別指導の方法は先輩の個性に委ねられている。取材当日、部活を覗きにきて熱心に指導していた卒業生に当時の話を聞くと「1週間ずっと切削機の前で作業したり、"ねじ一本に命をかけろ"と怒られたり…。泣いて帰ったこともあります」と現役時代を振り返る。また別の卒業生は「僕は設計が苦手でした。そこで先輩がどういうやり方をしているかを見聞きし、自分なりに解釈していました。先輩はどういう想いで教えてくれたのだろうか、と考えるようにしていました」と語る。このような熱い体験を、個別指導を通じて各自がもっているのだ。
歴代の部員達の試行錯誤が詰まった「オリジナルテキスト」
指導に使われる教材は、部員によって制作されたオリジナルだ。代々その時代の部員の手によって更新され続けている。その内容は市販されているロボットキットに関するものからプログラミング、3Dプリンター、3DCADなど多岐に渡る。たとえばモーターに故障が発生したら部員だけでなくOBも参加して徹底的な原因究明が行われる。そしてこの内容が次回からの注意点としてテキストに加筆される。
ロボット製作の最新フィードバックが絶えず書き込まれていくこれらテキストは部の大切な資産となっていく。個人指導を通じて部員の誰もが目を通すことになるので、技術力の標準化という観点からみても重要な役割を担っているといえる。
日々の実践で技術力を向上させる2つのポイント
個別指導とオリジナルテキストで得た知識をもとに、彼らは3年間で15体ものロボット開発を繰り返す。こうしてめきめきと技術力を向上させていく。これら日々の実践の土台には、徹底的に考えることが要求される環境と、一見すると技術力と関係なさそうな「人間教育」があった。これら特徴的な取り組みを紹介しよう。
ポイント1:個人で、チーム内で、チーム同士で…徹底的に考える
ロボット開発は、コンテスト等への応募を通じてスタートする場合が多い。大会によっては主催者からテーマが提示され個人またはチームでの出場と決められているものも多い。ここではテーマが提示され、チームを組んで出場する大会を例に紹介しよう。
部としてその大会への参加が決まると、まずは与えられたテーマをもとに各個人それぞれがアイデアを考え始める。部内にて各個人のアイデアについての発表会が行われ、類似案があればそれらの発案者同士でチームを組む。このチームで議論しながら、同じ方向性のもとアイデアを練り上げていく。
今度はこのチーム単位で再びアイデアを発表する。他チームやOB、神永教諭らと共に改良点について意見交換を行う。この場を通じて長所短所を洗い出し、自分たちのアイデアにフィードバックしていく。その後も、インターネット等を活用し、アイデアに肉付けをしながらプレゼンテーションを繰り返す。この工程におよそ1か月費やすという。
ロボットの構想設計段階から、神永教諭が“細かな指示”や“答え”を出すことはない。要所要所で大きな方向性や方針を示すのみだ。たとえば、設計段階でのプレゼンテーション。この場は部員にとって緊張の場だという。神永教諭曰く「少なくとも私自身が"面白そうだな、できたらビックリするな"と感じなければ、絶対にコンテストで採用されることはないと、部員たちには言います。そこから改良がはじまります」。部員たちのアイデアを厳しくジャッジしながらも、あまり細かく口を出さないのは、まず"自分で考える"ことに重きを置くから。「悩んだ分だけ成長する」と神永氏はいう。多少のことでは驚かない神永氏を驚かせる。それが部員たちのモチベーションの一部になっているといえるだろう。
ポイント2:他者の気持ちを読み取る感性を磨く
神永氏が学生たちに繰り返し伝えることがある。それは「挨拶」「困っている部員への声かけ」「素直に謙虚に」と直接的にロボット開発に関係なさそうな事柄だ。
「相手は自分の鏡と思え」ともよく言う。相手の言葉や態度が気になる時は「自分自身を振り返ってみよ」と諭す。また新聞やテレビのニュース、街や社会にも目を向けることもすすめる。社会に目を向け、他者に関心を持つ。相手の気持ちを読み取れる感性を磨くことは、どうすれば社会の不便を解消し役に立てるかとアンテナを張ることであり、技術者にとって重要なことだと神永教諭は考えているのだ。小学校や児童館から依頼を受け行う「ロボット教室」といったボランティア活動などにも、積極的に取り組んでいるという。
実は先に紹介した、彼らが開発した「HAKOroid」(荷物の運搬を目的に自動で人についていき、階段走行も可能なロボット)はもともと学校の実習などで年配の先生が重い荷物を持って移動しているのをみて手伝えるロボットを作れないか、と考え開発したという。いわゆる「人間教育」もしっかりロボット開発に結び付いている。
3年間の成長の裏には神永教諭による緻密な「舞台づくり」があった
そもそもこの部は、神永教諭が同高校に赴任後2009年に同好会として発足させた。2013年に部に昇格し現在に至る。今年10年目を迎えいま神永教諭がもっとも注力しているのは、学生たちが最大限に自分の能力を活かせる場づくりだ。
普段の部活動は部員とOBに委ねているものの何か考えさせるような局面では、まず神永教諭がヒントや方法について話したうえで部員に考えを促すことが多いという。「ただ待っていてもなかなか案がでないのが現状です。最近の高校生は、昔に比べ経験も少なく視野も狭く、探究心も薄い、そんな傾向が強い」と神永教諭。昨今の高校生の特徴を把握したうえで、自身の振る舞いを彼らに合わせ、活性化しやすい環境づくりに腐心している様子がうかがえる。
また部員達の知識の習得・実践に重要なキーパーソンとして存在しているOBたち。彼らとの関係づくりも大切にしている。毎年5月のゴールデンウィークには現役部員とOBの交流を目的に「OBを囲む会」を開催。これに加えて年に3~4回OB会も開催している。この会には毎回20人以上のOBが参加。ひとりずつ近況報告の場を設け卒業後もお互い切磋琢磨できるよう仕向けている。こうした取り組みを経て今では平日の部活動には10人前後、週末には15、6人ものOBが応援に来るという。
そもそも自身による直接的な指導を極力減らした指導スタイルはどう確立したのだろうか。「部が立ち上がった9年前は私が直接指導をしていました。しかしひとりで部員全員を細かくみて指導することに限界を感じたのです」と神永教諭は語る。そこで行ったのが、自分の分身づくりを意識した指導だ。「たとえば私が2人を育てたあと、彼らがそれぞれ後輩を2人ずつ育てれば指導者は6人に増える。年々繰り返せば同じ志をもつ技術者をどんどん増やすことができると考えました」。いわば今の部は、長年かけて神永教諭の志が連鎖するようにOB・部員に継承された結果なのだ。
これまで紹介してきたように神永教諭は10年間の取り組みの中で、指導者として多くの実績を残してきた。取材の最後に、そんな神永教諭が考える指導者の理想像について語ってもらった。「高校生という、縁に振り回されやすい世代の人間と、どう向き合い、コントロールするかを一番に悩んで部の運営をしています。技術を身に付けることや、組織の発展と言っても、最後はその場にいる一人一人の人間の色で全てが決まってしまうと言っても過言ではないと思います。以上の点をいつも胸中に置き、部員一人一人に対する期待と成長を持って接していけば、必ず育っていくことを信じて指揮を取ることが指導者の理想の姿であると考えています」
大切なことは「当たり前のことを実直に取り組み続けること」
ここまで紹介してきた取り組みは製造業の現場でいうところの「OJT」であり「報連相」であり「デザインレビュー(DR)」の組み合わせと言えるだろう。これらのしくみは技術者教育に効果があると言われ、決して真新しいものではない。その一方で「指導に割く時間がない」「指導する人そのものがいない」といった理由から「なかなか実行できない」という声が聞こえるものでもある。この神戸市立科学技術高校機械工作部ROBOの事例は「それでも実直に継続して前向きに取り組みさえすれば、結果は必ず出る」ことを示唆しているといえるだろう。