東京の秋葉原に誕生した「IRONCAFe(アイアンカフェ)」が今話題になっている。IRONCAFeは名前から連想できるとおり、ふつうのカフェとは少し違い、“金属”と深いつながりをもったカフェ。お茶も飲めるが、金属アート作品のギャラリーがあったり、鋳造体験もできるという一風変わったカフェだ。さて、その人気の秘密は?そして、このカフェは誰がどんな狙いでオープンしたのだろうか?
この記事の目次
金属アート、食器、飲み物も、"アイアン"に徹底してこだわった遊びのあるカフェ
初めてでも、たった30分で鋳造の魅力が体験できるワークショップが大人気!
IRONCAFe誕生のきっかけは、個人のお客さまからの問い合わせだった
金属アート、食器、飲み物も、“アイアン”に徹底してこだわった遊びのあるカフェ
IRONCAFeは、JR秋葉原駅と御徒町駅をつなぐ高架下にできた商業施設「2k540(ニーケーゴーヨンマル)」内にある。かつて御徒町周辺は、江戸の文化を伝える伝統工芸職人の町だった。そこで、あらためてこのエリアを現代の「職人の街」として発信したいと、ジェイアール東日本都市開発が高架下に商業施設を開発、運営しているのだ。
さて、カフェに一歩足を踏み入れると、まず窓際にずらりと並んだ金属アート作品が目に飛び込んでくる。カウンター奥の壁棚のカップとソーサーなどもすべて金属製。さらに、テーブルやカウンターなど内装もステンレスで統一。どこを見ても金属に対するこだわりを感じられる。そう、「IRONCAFe」を経営するのは、株式会社キャステム(以下、キャステム)という老舗の鋳造メーカーなのだ。キャステムは、昭和45年広島で製菓会社として創業。和菓子の金型作りから始まるが、精密鋳造技術の開発を続け鋳造メーカーとして独立。現在は東京、大阪、名古屋、さらに海外にもグループ企業の工場や拠点をもつ歴史ある企業だ。特に、その高い寸法精度と美しい鋳肌を生み出す「ロストワックス」と米国で特許を取得している「メタルインジェクション」という技術は知る人も多いだろう。カフェ店内のつくりは、そうした鋳造技術の高さをひしひしと伝えている。
そしてなにより目を見張るのが、厚さ15mmもあるステンレスのカウンター。なんと全長は約640cm。アイアンカフェの代表を務める戸田有紀氏は、「鋳造メーカーのカフェとして、いちばんこだわったのがこのカウンター」と言う。
店内には、観賞用の作品だけでなく販売用に持ち帰られるサイズの金属作品もたくさんある。色違いのカエルやブロッコリーなどインテリア小物だけでなくアクセサリーも好評だ。
特に人気の商品は、キャステムの高度なメタルインジェクション技術で実現したミニチュア工具。メタルインジェクションとは、粉末状の金属粉と樹脂粉末のバインダーを混ぜ合わせ、まるで樹脂成形のように金型に射出し、さらにそれを脱脂、焼成することで目的の形状の金属部品を作成する加工方法。キャステムは、1991年に米国で特許を取得して以来、技術に磨きをかけてきた。小さな穴や異形の穴など複雑な形状も非常に高精度に仕上がるので、従来にないデザインも可能になった。この技術を最大限に活用したのが、なんと1つが500円玉大のミニチュア工具だったのである。
IRONCAFeにはこれらの完成した作品に加え「インスタントキャスティングキット」という鋳造を体験できるキットまで販売している。このキットを使えば80℃で溶ける金属を使って好きなものを鋳造できるのだ。そしてこのキットを使った鋳造体験ワークショップを店内で開催している(予約制)。さっそく体験してみた。
初めてでも、たった30分で鋳造の魅力が体験できるワークショップが大人気!
ワークショップのコースは4つ。「2D鋳造」「2.5D鋳造」「3D鋳造(粘土型)」「3D鋳造(ゴム型)」と平面の型、片側立体の型、立体の型などどの型を使うかによってコースが選べる。かかる時間はだいたい30分。型取りには、自分の好きなものを持参してできるという。今回は、おもちゃの指輪を持参し、3D鋳造(ゴム型)を体験した。
実は流し込みがうまくいかず2回体験させていただいた。1つのゲートでは全体に金属が回らず輪の部分がショートしてしまったのだ。そこで二度目は型をカッターでカットし2つのゲートを立ててみた。すると2つめのゲートがエアベントの役割を果たし、湯まわりが向上。見事成功した。
こうした繊細なテクニックを駆使しながら完成した時の達成感はやはり大きい。一般のお客さまにも、こうしたものづくりの醍醐味を体験してもらえるのが好評の理由だ。休日はワークショップ体験の申し込みも多い。「鋳造の魅力をより多くの人に伝えたくて、最近は自治体などのイベントにも積極的に参加してワークショップを開催しています」と戸田氏。
しかし、本来法人企業が顧客であるキャステムが、なぜ一般のお客さま向けのカフェをつくったのだろうか。
IRONCAFe誕生のきっかけは、個人のお客さまからの問い合わせだった
誕生の背景には、3DプリンターやCADのフリーソフトが手に入れやすくなったという技術の普及があった。自分で図面を描き、形にしたいというクリエイターが増えたのだ。さらに彼らにとって、ステンレスやアルミをはじめ、錫などの金属を金型を作らず1個から製造できるオーダーメイドは非常に魅力的だった。「小ロットでもつくってもらえないか」という問い合わせは「この数年で増え始めた」と戸田氏。
一方で、様々な企業が自社の考えを発信するコンセプチュアルな場として、一般消費者向けにカフェ等を展開する事例も増えていた。そこで、キャステムとしても個人の問い合わせを受ける窓口として、カフェの企画が持ち上がったのだ。
オープン以来、問い合わせが非常に増えていったと戸田氏は実感している。休日にはカフェとして利用する一般のお客さまがメインだが、平日はフリーのクリエイターやエンジニアが多い。企業でエンジニアとして働きながら、個人的に作品づくりをしている方が、自分の作品を形にするために、個人的にIRONCAFeに訪れて相談をするというケースもよくある。
オープン後は、オーダーメイド鋳造にも対応できるよう体制も整えた。新規開発の役割を担っていた「工機開発課」が「IRON FACTORY」という部署名になり、小ロット鋳造にも対応。個人のオーダーには、これまで長年やってきた法人向けの案件ではありえないような要望もあり、悩みながら答えを見つけていくというプロセスが現場を活気づかせているそうだ。さらに、その刺激は「自社開発品の試作スピードもあげてやろう」という姿勢の変化にもつながっている。そこから生まれたのが、キャステムの地元、広島東洋カープの選手の手型の貯金箱。もともと手型の鋳造品はあった。しかし貯金箱にするためには内部に空洞が必要だ。「いかに空洞をつくるか」という課題をどうクリアするかが技術開発のポイントだったという。
思いがけないプラスもあった。「鋳造しているものがさまざまな機械や装置の部品なので、弊社のエンジニアは自分の仕事を家族に説明するのは難しいんです。でも今は“2㎏もあるブロッコリーをつくった”とか、話せるようになっているらしいです」。さらに戸田氏は続けて、「工場ラインに、部品にまぎれてブロッコリーやら人間の手型が流れてくるわけですから、これは刺激的ですよね。現場も大変です(笑)」。
今では社外で活躍するクリエイターやエンジニアと自社技術を結びつける場にもなっているというIRONCAFe。こうした流れが「今までにないものをつくろう!」という社内気運を高める効果にもなっているそうだ。ぜひ東京へ出張の際はIRONCAFeに立ち寄ってみてほしい。新たな発見を感じられるかもしれない。
(2018年1月16日取材)