おしゃれなカフェや雑貨店、そしてブティックなどが集まる代官山。東京都渋谷区代官山町周辺を指すこのエリアは、渋谷区ながらとても落ち着いた雰囲気の街並みが印象的だ。大使館が多いこともあり外国人の家族連れが多く、休日になると若者や観光客が多く訪れる東京都内の人気スポットの一つだ。そんな街の一角で2017年秋に“工場マルシェ”なる催しが開かれた。
そもそも「マルシェ」とはフランス語で「市場」のこと。一般的にマルシェといえば、農家が集まって採れたての野菜などを直売したり、手作り雑貨や工芸品などをバザー形式で出店することが多い。来場者はふらりと立ち寄り、買い物を楽しむもの。しかし、このマルシェのテーマは、”町工場“。“おしゃれな”代官山で、“町工場”?!そんな異色のマルシェ、「工場マルシェ」の様子をレポートする。
この記事の目次
“ものづくり“をテーマに、全国から14の町工場が出店
町工場の技術に魅せられる仕掛けが満載
医療用金属コバルトクロム合金で、飲み物の味を変えず本来の味を楽しめる器を開発!
治具で金属を折り曲げ、角度を測り、組み立てる…ロボット組み立てワークショップで工業の基本を体験
エンドユーザーとの接点拡大、そして新たなビジネスチャンスへの最初の一歩として
“ものづくり”をテーマに、全国から14の町工場が出店
工場マルシェが開催されたのは、2017年11月25日(土)・26日(日)の2日間。「選りすぐりの町工場が集まるものづくりのマルシェ」と称し、日本各地から14の町工場が集結した。町工場の技術の“粋”を集めた製品の展示と販売に加え、町工場の技術を活用した多彩なワークショップも開催し来場者をもてなした。
マルシェの会場となった「代官山T-SITE GARDEN GALLERY」は、メディアにもたびたび取り上げられる蔦屋書店を中核とした商業施設、代官山 T-SITE内にある。普段はワインフェスティバルなど食関連のイベントや、若きクリエイターやデザイナーによる服やアクセサリーなどの展示販売会が催されている、おしゃれなイベントスペースだ。しかし今回出店するのは、普段は鋳造、塗装、基板設計、金属加工などを行っている町工場。華やかな街で、縁の下の力持ちである町工場が集うという、代官山でも数少ない“異色の”マルシェだ。
大きなのれんが目印の会場は、通りに面した壁面が前面ガラス張りという明るい空間。大きな機械音がするわけでも、油の臭いがするわけでもない。壁に沿って並べられたテーブルを挟んで来場者と出店者が和やかにやり取りをし、中央のテーブルでは低融点金属を使った鋳造体験や手動射出成形によるアクセサリー作り、手動プレス機による缶バッチ作りなどのワークショップが開かれていた。代官山T-SITEを訪れた人々がたまたま工場マルシェを発見して、ふらりと立ち寄る、そんなケースが多いように見受けられた。興味深そうにブースを回り、出店者の説明に耳を傾けている姿が印象的だった。
町工場の技術に魅せられる仕掛けが満載
ここからは工場マルシェに出展された14のブース、そして7種のワークショップの中から特に興味深かったものを1つずつ紹介したい。
医療用金属コバルトクロム合金で、飲み物の味を変えず本来の味を楽しめる器を開発!
ブースからは新素材や超微細加工技術を使って部品展開や医療機器部品の開発を行う株式会社ナノ・グレインズ(以下、ナノ・グレインズ)を紹介しよう。ナノ・グレインズが出展していたのはお酒を飲む時に使う酒杯、「月追揺杯(つくおいようはい)」だ。
同社は精密加工などの事業のかたわら加工特性の評価などを行っていたところ、東北大学と株式会社エイワが新しく開発した素材、コバリオン(コバルトクロム合金)の評価に興味を持ったのがことのはじまり。コバリオンは人工関節などにも使われる金属。そのため金属としての安定性が非常に高く、液体に触れてもイオン化しにくいという性質を持っている。一般的に、金属製の器に飲み物を注ぐと、液体に触れている面の金属がイオン化して液中に溶け出し、飲み物の味を変えてしまう。缶ビールよりも瓶ビールの方が美味しいといわれるのは、このため。缶ビールはビール本来の味を変えてしまう可能性があるのだ。しかしコバリオンはイオン化しにくいので、中に入れられた液体の味にほとんど影響しないという優れた特長を持つのである。
月追揺杯の素材となるコバリオンは、岩手県釜石市に会社を構える株式会社エイワ(以下、エイワ)で生産されたもの。実は、月追揺杯誕生のきっかけは、「何か東日本大震災の被災地の復興支援の役に立てないか」という小松社長の想いだった。そこで被災地の企業エイワのコバリオンを使った商品を作れないかと考え、江戸時代に著されたカラクリという本に紹介されていた揺杯に着想を得て生まれたのが月追揺杯だった。揺杯は底面が曲面になっており、触ると揺れる。これを揺らさないよう静かに酒を飲むのが、江戸時代の町人たちの仲直りの儀式だったという言い伝えがある。ナノ・グレインズは滑らかな曲面の底面でこの揺杯を再現。さらに同社が得意とする精密加工の技術を用い、なめらかな曲線に削り出された盃の底に光が反射するよう工夫した。それは、酒を注ぐとまるで月がゆらめいているように美しいそうだ。他社にない機能とその美しさが魅力のコバリオンの盃は、すでにショットバーのオーナーや他の加工中小企業などから多数問い合わせを受けているそうだ。
治具で金属を折り曲げ、角度を測り、組み立てる…ロボット組み立てワークショップで工業の基本を体験
ワークショップからは、多くの子どもたちが体験していた「金属の板からロボットを組み立てよう」というワークショップを紹介しよう。これは精密板金加工、金型製作、機械加工、組立などを行う株式会社浜野製作所(以下、浜野製作所)が企画したものだ。
材料となる金属の板はSUS304というステンレス板。これがレーザーでカットされ、まるでペーパークラフトのようにパーツが切り取れるようになっている。簡易冶具を使って切り取った金属板を折り組み立てていく。ステンレス鋼であるSUS304を使っているため、アルミ板などと違って曲げるのにはある程度力が必要だが、一度形が決まってしまえばふわふわとした軟らかさはなく、まさに“金属製ロボット”という堅牢さが頼もしい。パーツ同士を繋げる際に、ねじやボルトは一切使わず「ひねる」「押し込む」といった単純な動作だけで固定したり、角度を確認したりするなどの作業そのものも、金属加工を身近に感じられる面白い工夫がされていた。
このワークショップのために、どのような準備をしたか浜野製作所の担当者に聞くと、元々、社内の製造スタッフが趣味で作っていた組立てロボットがデザイナーの目に止まり、デザインを大幅にブラッシュアップさせて自社商品として生まれ変わったのがこのロボットなのだという。デザイナーが全体のシルエットやロボットの顔をデザインし直して作った紙の試作を元に、金属の試作を作ることになったが、糊付け可能な紙とは違い、金属は接合方法に様々な工夫が必要だった。アルミ板で作ることも考えたが、失敗して曲げ直したりすると折れてしまうため、多少硬くてもステンレス板を使うことになったという。ワークショップ中は、子どもをはじめ男女問わず参加者が“手を動かして、ものを作る”という作業を楽しんでいたのが印象的だった。
エンドユーザーとの接点拡大、そして新たなビジネスチャンスへの最初の一歩として
さて今回の工場マルシェ、企業が顧客である町工場が、あえて一般のお客さま向けに開催した狙いとは?主催者である株式会社モールドテック代表取締役の落合孝明氏にお話を伺った。工場マルシェは株式会社電子技販代表取締役の北山寛樹氏と落合氏が「面白いことをしよう」を合言葉にスタートさせたプロジェクトだった。まず北山氏が以前から代官山の蔦屋書店に電子基板を利用した名刺入れなどの雑貨を卸していたことから「代官山T-SITE GARDEN GALLERY」を会場とすることが決定。おしゃれなで華やかな街、代官山で開催するなら、機械や金属部品や工具に囲まれた“無骨”ともいえる町工場とのギャップが面白くなるだろうと考えたという。その後、いくつかの町工場に声をかけて回り、賛同した会社とともに工場マルシェの開催に至った。
落合氏は言う。「BtoC(Business to Consumer)を考えている町工場は多いが1社だけでは宣伝しきれない。このようなイベントを共同開催することで話題を作り、一般のお客さまに知ってもらうきっかけにしていきたい」。近年、町工場と発注元企業のような企業対企業の商売BtoB(Business to Business)から離れ、一般の個人消費者を相手にする商売BtoCに力を入れる企業は少なくない。BtoC向け施策の目的の大半は知名度の向上だが、実際の効果はそれだけではないようだ。「BtoCは、企業相手には挑戦しにくい新しい技術を試す場であり、技術をアピールする場。もっと言えばお客さまの生の声を聴く場としても機能するなど、さまざまな効果が挙げられる。そこで得た経験や外部の反響を、対企業の仕事へと還元し、新たな商品開発や顧客提案に生かすことができる」と、落合氏は大きな手応えを感じている。普段は縁の下の力持ちとして産業を支える町工場が、今回のように表舞台に出る意味は、注目を浴びるためだけではないのだ。
初めての試み、工場マルシェ。今後の展開はあるのだろうか。「少なくとも、もう一度代官山で同じようなイベントを開きたい。今回は一般のお客様がほとんどだったが、次回はバイヤーにも声をかけ新たなビジネスチャンスに繋がる場としての意味をより強めたい」と、落合氏は笑顔で結んだ。