プラスチック射出成形用金型は、樹脂から発生する揮発性・腐食性の化学成分や、空気中の水分がキャビティの表面に付着して酸化鉄(錆び)を招く可能性が高いです。キャビティの表面に錆びが発生してしまうと、それを除去するために磨いたり酸で拭いたりすると、その部分が凹んだり傷ついたりして、成形品の表面に転写されて、外観品質を損なうことになる危険性が極めて高くなります。
キャビティ表面を腐食するガス類としては、フッ素、ハロゲン系ガス、塩素ガス(塩化ビニル樹脂等から発生する)、難燃財から発生するガス、ガラス繊維表面から発生するガス等が挙げられます。
そこで、キャビティの錆びを防ぐためには、めっきや皮膜(コーティング)を施す等の手段が用いられますが、そもそもの鋼材自身の耐食性を改善するという手段も有力です。
プラスチック金型用炭素鋼の耐食性を改善するためには、鉄(Fe)+炭素(C)に加えてクロム(Cr)を添加するのが一般的です。クロムは、鉄鋼の表面に皮膜を形成し、鉄と酸素の結合をしにくくする作用をします。クロムの含有量が多いほど耐食性は良好になる傾向があります。クロム含有量が多い鋼材は、高クロム鋼とも呼ばれています。
高クロム鋼は、さらにニッケル(Ni)を加えてニッケル−クロム鋼として用いられることも多いです。ニッケル−クロム鋼は、ステンレス鋼とも呼ばれています。
しかし、高クロム鋼やステンレス鋼を焼き入れ−焼き戻しして使用する場合には、焼き戻し温度に留意する必要があります。例えばクロム含有量が16%の炭素鋼では、焼き戻し温度が500℃付近よりも高くなると、耐食性が著しく悪化することが知られています。
これは、この温度付近で析出する炭化物が、付近のクロムを吸収してしまうために生ずると考えられています。
したがいまして、高クロム鋼では、焼き戻し温度は低温で実施しないと、折角の優れた耐食性が失われてしまい、残念な結果になることになります。
鋼材の耐食性と、焼き入れ−焼き戻し条件が関係していることは意外と知られていません。耐食性を必要とする樹脂の金型設計をする場合には、鋼材の選定に加えて、熱処理条件にも配慮することを知っておくと重宝することでしょう。