これは、金属が水素を吸蔵することによって起こる割れです。
いま鉄が水素ガスを発生しながら溶解するような腐食反応を考えてみると、次の化学式のように鉄は、水素イオンによって酸化されて、水素ガスになる酸化還元反応であります。
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この反応をもう少し詳しくみると、次の2つの反応に分けられます。
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すなわち、鉄の溶解によって放出された電子(e)が、溶液中の水素イオン(H+)に与えられ、水素ガスが発生するものと考えられます。一般に金属が腐食するときは、このような酸化還元反応をするものと考えられています。
金属の表面から水素が発生するときのメカニズムを次のように考えます。水素イオン(H+)は原子状の水素(H)となり、これが結合して分子状の水素ガス(H2)になります。原子状の水素(H)は金属表面に吸着した状態で存在しますが、この一部が金属内に入ります。
金属内に入った水素は、応力下で拡散して金属内の格子欠陥などに集まり、金属を脆くします。応力が加わっているので割れを生じます。 とくに高強度の鋼は、腐食するとき環境によって水素を発生し、その水素を吸蔵してたやすく脆化します。これに応力が加わると簡単に割れてしまいます。
金属表面から水素が発生する原因には、2種類あります。1つは、先に説明した例のように、鋼が酸などの中で腐食するときです。鋼は水溶液に溶解して水素を発生します。工業的な発生例では、酸洗作業や溶接作業で発生します。
もう1つは、水溶液中で、その金属が電気的にマイナス極となって電流が流れる場合です。これは、電気めっきや電解洗浄などの表面処理工程で、鉄鋼製品を陰極電解する場合や陰極電気防食の際に水素が発生します。
この脆性割れの特徴は、高強度の鋼など水素吸蔵に対する感受性の高い金属だけに起きます。引っ張り強さが40kg/mm2以下などの低強度の鋼には、殆ど影響を与えません。
また、腐食環境中に、硫化水素、亜ひ酸などの化合物が存在すると、原子状の水素が結合して分子状の水素ガスになるのを妨げるといわれています。したがって金属表面の原子状の水素濃度は増すので、もっと低強度の高張力鋼でも脆化するようになるといわれています。この現象は、硫化物腐食割れなどともいわれていますが、硫化水素を含む天然ガスや石油の採掘、輸送、精製、貯蔵などに使用される化学機械に腐食事故を起こします。
巨大な構築物である橋梁などの組み立てには高力ボルトが使われていますが、年月の経過にとない、中性の大気中であっても、わずかに水素が発生してボルトが割れてしまう事故がおきます。このような現象を「高力ボルトの遅れ破壊」といっています。また、水素を吸蔵したボルトを引っ張り強度以下の応力で締め付けておくと、時間が経過してから割れる現象を「遅れ破壊」といっています。