水素脆性
- 一般に、金属エッチングというと、合金金属などの金相学的組織を見るために、樹脂等で固定し、研磨した金属面の化学的あるいは電気化学的腐食(エッチング)を連想しますが、これは、あくまでも観察や測定のためのエッチング処理であります。 また、表面処理における金属エッチングは、熱処理や機械加工によって生じたスケールや変質層を除去する各種酸類による酸洗いや、酸またはアルカリによる建築材料や銘板などの腐食処理(エッチング処理によるエンボス板)など、金属表面を滑らかで光沢面にする電解研磨や化学研磨などのエッチングが、昔から行われてきましたが、どちらかといえば、主たる表面処理の前処理的なエッチング処理であります。
- 水素脆性を測定する方法として、次のような方法もあります。 (4)ローレンス ゲージ(Lawrence Hydrogen Detection Gage) ボーイング社の技師であったローレンス氏と高田氏の共同により開発された試験法で、めっき浴の管理、航空機ランデングギアーの洗浄剤、ペイント剥離剤などが、水素脆性に安全であるかどうかを試験するために開発されました。 測定の原理は、鉄の壁をもつ特殊な真空管をプローブとして使用し、水素原子が鉄の壁を通過して、真空管内に侵入する状態を検知する方法です。 鉄製のプローブを陰極として電気めっきを行い、その際に発生する水素原子が、めっき層および鉄の壁を通過して真空管内に侵入し、イオン化します。そこでイオン化した水素原子をイオン化ゲージIonization Gageでモニターし、レコーダーに記録するようになっています。 次にめっきの終ったプローブを乾燥した後、試験装置に付属している200℃のオーブン中に挿入してベーキング処理を行います。ベーキング処理により、めっき層および鉄の壁に吸蔵されていた水素原子が、急速に真空管内へ拡散移動します。
- 金属を酸洗いすると、酸によって金属が溶解して水素を発生します。また、電解脱脂や電解酸洗い、電気めっきでも水素が発生します。この発生した水素が素地金属、特に鉄鋼に吸収されて鋼を脆くします。この現象が水素脆性です。水素脆化した製品は、ある荷重が負荷された状態が維持されると、やがて破壊が起こります。表面処理された鉄鋼が、どの程度水素脆化したかを知る、測定法を調べてみましょう。 (1)デルタゲージ 高田研究所の高田幸路氏が主宰するデルタリサーチ社によって開発された方法で、水素脆性感受性の高い鋼鈑を試験片として、バイスによって定速度(たとえば10mm/分)で押し曲げていき、破壊させ、破断した距離を測定し、鋼の柔軟性の低下率を測定することによって、水素脆性の程度を評価する方法です。 これは、「低速押し曲げ破壊法」とも呼ばれています。デルタゲージの測定原理を【図1】に示します。
- (8)ベーキング処理に関する規格 (1)ISOの規格 ISOでは、鉄鋼上の電気亜鉛めっきの水素脆性除去の方法を、次のように規定しています。 発注者より要求があった場合、水素脆性による破損の危険を低減させるために、ある種の鋼に対しては、下記のような熱処理を施さなくてはならない。 また、引張強さが1500N/mm2(ないし相当する硬さ1)以上の鋼に対しては、通常の方法によって亜鉛の電気めっきを施すべきではない。1000N/mm2以上の引張強さの鋼は、この危険を最低に制御するためには、熱処理を施すことが必要であることに留意すべきである。 注)硬さ1:HRC45、HV440、HB415
- (6)鋼の硬度とベーキングの効果 ベーキング処理の効果は、素材である鋼の硬度によっても異なります。硬度が高いほどベーキングの効果が悪く、硬度が低い場合には、良い結果が得られる傾向があります。 これは、ベーキングにより鋼中の水素が放出したのではなく、硬度が低い場合には鉄鋼表面の水素がベーキング処理によって鋼の内部に拡散移動し、鋼表面の水素濃度が破壊限界以下になるためと考えられています。 光沢亜鉛めっきやカドミウムめっきでは、鋼の硬度がHRC40付近以下の水素脆性感受性の低い鋼の場合にはベーキング処理が有効といわれていますが、HRC46以上の鋼では、ベーキング処理の効果はないといわれています。 浸炭処理した材料では、表面層だけが硬いために、ベーキング処理の効果があります。これは、吸蔵した水素が熱拡散により材料内部に拡散移動して、破壊限界濃度以下になるためと考えられます。しかし、水素が材料中にあるわけですから、引張り応力が印加されると、その集中部に拡散移動することも考えられます。 (7)ベーキング処理のまとめ めっき製品に対するベーキング処理の効果をまとめると、次のとおりです。
- (2)めっき皮膜とベーキングの効果 ベーキングの効果は、めっき皮膜の水素透過性と密接な関係をもっています。めっき皮膜は、金属ですからいろいろな結晶構造をもっています。この結晶構造が、水素透過性と関係しています。 亜鉛やカドミウムの結晶構造は、最蜜六方構造であり、このため水素透過性が低く、ベーキング処理で脱水素処理が難しいとされています。従って、航空機部品などでは、ポーラス・カドミウムめっきなどにして、ポーラスな穴やクラックから水素を追い出しています。 また、クロムめっきでは、クロム皮膜特有のクラックから、水素が放散されるので、ベーキング処理が有効に行われるといわれています。 このように、ベーキング処理を有効にするためには、 ピンホールのあるめっきにする。 クラックや穴のあるめっきにする。 皮膜構造が粗雑であるめっきにする。 半光沢や無光沢めっきにする。 などが、実施されているようです。
- 水素脆性の危険のある製品は、通常めっき後に、脱水素処理としてベーキング処理を行なっています。ベーキング処理は、一般に190〜220℃の炉中で加熱して、水素を追い出します。加熱する時間は、めっきの種類や前処理、皮膜厚さ、鋼種、素地の表面状態などにより異なります。 (1)めっき前処理とベーキングの効果 前処理で全く水素を吸蔵していない素地に亜鉛めっきを施した場合と、前処理で水素を吸蔵した素地の上に、水素脆化を起し易い亜鉛めっきを施した場合のベーキングによる脱水素の効果を、【図1】及び【図2】に示します。 【図1】は、酸洗のように、水素吸蔵を起す前処理をしなかった素地に亜鉛めっきを施すと、亜鉛の皮膜をとおして水素を吸蔵しますが、約1時間のベーキング処理で、全ての亜鉛浴種で効果があります。これは、亜鉛めっきでの水素の侵入は、めっき初期に行われ、一旦亜鉛で覆われると、亜鉛は水素透過率が低いため水素の侵入は阻止され、皮膜厚さが厚くなると、その効果は更に高まるからであると思われます。
- 【図1】に各種めっきにおける水素脆化率を示しました。電気めっきにおいては、製品を陰極にして電解するため、水素脆化の可能性は容易に想像できますが、電気を使わない無電解ニッケルめっきでも中程度の水素脆化は発生します。これは直流電気の代わりに使われる還元剤の酸化により、水素が発生するためと考えられます。 またクロムめっきは、他のめっきのように可溶性陽極(亜鉛やニッケル陽極)を使って金属イオンを供給するめっきと異なり、鉛やグラファイトなどの不溶性陽極を使って、浴中に溶解しているクロム酸イオンを還元して金属クロムを析出させるめっきでありますから、水の電気分解が盛んに行われ水素が発生します。
- 酸洗などの前処理で鋼中に侵入した水素は、吸蔵した直後であれば鋼の表面に留まっていると考えられるので、めっきなどの皮膜が形成される前に水素を放出させた方がよいです。酸洗後放置するだけでも、【図1】に示すように、徐々に放出します。 水素の拡散移動は、温度が高いほど早まるので、加熱すれば水素放出時間は短縮できます。通常、酸洗の後に、アルカリ洗浄の工程があり、これは60〜70℃と比較的温度が高いので、吸蔵した水素を放出するのに好都合です。実験の結果を【図2】に示します。
- 酸洗は、鉄鋼表面の錆やスケールを除去するために行いますが、鉄鋼の過剰溶解を防ぐ目的で、酸洗抑制剤としてインヒビターが使われてきました。実はこれらは、鉄の溶解を防止すると同時に、水素脆化防止の働きもしているのです。 インヒビターを添加しない塩酸酸洗では、次のような化学反応が起きています。
- (3)その他の酸による酸洗 鋼材(SK5)の各種酸洗浴による水素脆化率について、次の【表】に示しました。 塩酸については前回紹介しましたが、他の酸による酸洗についても同様の結果を示しています。硫酸による酸洗は塩酸同様によく行われていますが、常温浴での水素脆化率は低いのですが、脱錆能力が低いので60℃程度の温浴が使われます。この浴での水素脆化率は塩酸浴と同程度になってしまいます。りん酸浴も同様です。 この表で分かることは、フッ化水素酸やホウフッ化水素酸などフッ素系の酸の水素脆化率が低いことと、市販インヒビターを添加した塩酸浴が低いことです。また、酸洗後行うスマット除去浴(デスマット浴)での脆化率は非常に低いことが分かります。
- 水素原子は、すべての原子のなかで最も小さい原子で、その大きさは(1.06オングストローム=1.06×10-10m)であると云われています。一方、金属の格子間隔は2〜3オングストロームでありますから、水素原子は、容易に金属に侵入することができます。 例えば、鉄鋼の酸洗の工程では、通常、硫酸や塩酸など強酸の水溶液が用いられますが、これらの酸は鉄鋼の表面を溶解します。そのとき、鉄の溶解と水素イオンの発生は同時に起きますが、水素イオンは、鉄鋼表面で放電して水素原子となります。水素原子の大部分は、水素ガスとなって大気中へ放散されますが、一部の水素原子は鋼中へ侵入します。
- 前処理も含めた湿式表面処理において、水素の発生は、次のようなときに起きます。 例えば酸洗工程では、次のような反応が起きます。 FeO + 2HCl → H2O + FeCl2(酸化物だけの溶解) Fe + 2HCl → 2H+ + FeCl2(鉄鋼も溶解) このように酸化物だけの溶解では水素は発生しませんが、鉄鋼も溶解しますと、水素イオンが発生します。 また、亜鉛めっき工程では次の反応により、亜鉛の還元と、水の電気分解で水素イオンが生成され、これが水素になります。
- 鉄鋼製品に電気めっきなど表面処理を施すと、水素脆性を起すので、使用中に破断する危険性があるなどとよくいわれます。それでは、水素脆性とはどんなものでしょうか。 JISにも、幾つかの定義があります。「前処理およびめっき操作の過程で、被めっき物が水素を吸蔵してもろくなる現象」(電気めっき用語)、「鋼中に吸蔵された水素によって鋼材に生じる延性または靭性が低下する現象。この現象は、酸洗、電気めっきなどの場合に生じることが多い。また、引っ張り応力が存在すると割れに至ることが多い。」(鉄鋼用語)、いずれにしても、材料が水素によって脆くなる現象をいっています。 水素脆性の発生 水素脆性は、かなり古くから知られており、特に高炭素鋼のばね材料を電気めっきする際に問題になっていました。技術的に注目されるようになったのは、宇宙航空機産業において高強度鋼が広く使われ、高強度鋼を用いた航空機のめっき部品の破損事故が多発した1950年代の末期からといわれています。 それではどのような表面処理が水素脆性を引起すのでしょうか。一般的な表面処理方法の分類を【図】に示しました。