プラスチック成形金型の部品には、炭素鋼をベースとした幅広く特殊鋼が使用されています。炭素鋼系の金属材料の最大の特徴は、焼き入れ処理(Quenching)をすることで、高硬度で強靭な組織を得ることができる点にあります。
炭素鋼が焼き入れできることは、比較的昔から経験的に知られてはいました。(刀鍛冶や刃物、農具類の焼き入れなど)工具類や金型の部品用途として焼き入れをするためには、科学的な根拠や工学的知見が必要で、安定した鋼材の物性を得るために先人たちは、さまざまな実験や研究を行い、今日では優秀な焼き入れ方法が見出されています。
鋼材の焼き入れは、その基本的な手順に加えて、細かなノウハウが存在します。これらのノウハウの適否によって処理された鋼材の硬さや靭性、磨耗に対する寿命などが左右されます。
鋼材の焼き入れに関する留意点としては、以下のようなポイントがあります。
(1)焼き入れ温度はできるだけ低温にする
焼き入れ温度範囲は、鋼材の種類によって特定されますが、温度はできるだけ低いことが望まれます。なぜならば、温度が高すぎると炭素鋼の結晶粒のサイズは大きくなり、粘り強さを低下させる傾向がみられるからです。
また、空気中の酸素と炭素鋼中の炭素が結合しやすくなって鋼材の表面の炭素量が少なくなる「脱炭」という現象が生じるからです。そうすると鋼材表面が欠け易くなったり、割れ(クラック)が生ずる危険があります。
しかしながら、温度が低すぎる場合(焼き入れ可能温度の下限を下回るということ)には、所望の硬度を得ることはできませんので注意が必要です。
焼き入れ温度が適正であるかどうかは、焼き入れ後の鋼材の表面を研磨して酸で処理をした後、顕微鏡で組織の状態を観察することで判定することができます。
(2)加熱保持時間は適正な範囲とする
鋼材を加熱する際には、適正は保持時間を維持することが重要です。短すぎると鋼材の内部にまで均一な温度に到達せず、焼きむらを生じます。一方、長時間保持しすぎると脱炭が生じます。
ワークの形状が不均一な場合には、局部加熱や局部断熱(鉄板でカバーをする等)を施して、加熱時間が適正になるように工夫をするのが上策です。
また、機械加工による仕上げ加工前に焼き入れをする場合には、下穴を加工したり、余肉を取り除く等の前加工を意図的に企図する場合もあります。このような捨て穴加工により、冷却時の不均等な残留応力の除去や分散に効果を出すことができる場合もあります。
(3)ワークの姿勢
ワークを置く姿勢は、加熱時の自重で変形したり、加熱の熱源から不均一な熱を受けないような姿勢に保持するようにします。
(4)焼き入れの冷却方法
冷却プロセスでは、ワークを冷却液中で動かす場合には、熱が均一に伝わる方向に動かすように留意します。不均一に伝わる方向に移動させてしまうと、変形や硬さにむらが生ずる場合があります。
(5)ワークにはシャープコーナーを設けないよう設計する
焼き入れをするワークには、シャープコーナーを設けないようにします。最終仕上げ加工で精度確保の機械加工をする場合には、コーナー部はRを設けます。このようにしておけば、焼入れ時にシャープコーナー部周囲に残留応力が残りにくくなり、割れや変形を防止することができます。
ただし、不必要に大きすぎるRを設けてしまうと、仕上げ加工時に切削・研削加工時間が余分にかかってしまいますので、按分が重要です。
(6)焼き戻しとの関係
焼き入れ処理と焼き戻し処理は、一連の工程として計画される場合も多いです。焼き戻しを前提として焼き入れする場合には、焼き戻し温度の高低や焼き戻し後の硬度の維持も考慮して焼き入れを考えることが重要です。