炭素鋼の焼き入れとは、加熱してオーステナイトとし、それを急冷却してマルテンサイトを得る操作のことであるということを先回学習しました。
マルテンサイトを得るためには冷却速度が大事だということも知りました。
では、実際の金型部品を焼き入れする場合を考えてみますと、コアピンのような細い部品であれば、急冷却した場合には表面から内部までへも一瞬で冷却が進むと考えられますのでおそらく表面も中心部もマルテンサイトになっている確率が高いと思います。
しかし、鋼材のブロックのようにおおきな塊であった場合には、表面から中心部まで冷却が一気に進むことは考えられません。中心部の冷却には大きさにもよりますが数秒から数十秒もかかると思います。そうすると表面はマルテンサイトになっていますが、中心部はパーライトやソルバイトのままである可能性が高いといえます。
このように、焼き入れする部品の大きさや厚さによって、焼き入れ後の組織は均一であるかどうかは変動すると言えるのです。
このことを金型設計に生かすとすれば、焼入れをする部品を設計した場合には、鋼材のブロック状態で焼き入れするのではなく、要所要所には捨て穴を機械加工しておいて、冷却の効率を上げて、必要な部分は確実にマルテンサイト化させる工夫も重要になります。
出来上がってしまった部品からは推測は困難ですが、このように焼き入れプロセスでの冷却速度のコントロールをすることで、炭素鋼組織を意図的に変化させることもできるのです。鋼材の塊をCAD/CAMでただ単純にカッターパスを生成させて自動切削するだけが能ではありません、このような目に見えにくいノウハウを駆使できてこそ世界の頂点を目指せる金型技術になるのではないでしょうか?
次に、いったいどのぐらいの冷却速度であればマルテンサイトに変化させることができるかということについて少し触れます。オーステナイト→マルテンサイトの組織変化を起こすためには実験で約150℃/秒以上の冷却速度が必要とされています。それ以下ですと、トルースタイトやソルバイトになってしまいます。約40℃/秒以下ですとパーライトになってしまいます。
このように、マルテンサイトを得るための冷却速度のことを臨界冷却速度(critical cooling rate)と呼んでいます。
臨界冷却速度は、炭素鋼が含有する他のクロム等の金属元素や部品の形状、熱容量によっても変化します。
焼き入れ性の良好な鋼材とは、臨界冷却速度が低い鋼材のことを指しています。